大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成2年(行ウ)15号 判決

京都府宇治市大久保町平盛二二番地一五

原告

谷川勝男

右訴訟代理人弁護士

杉山潔志

右同

藤田正樹

京都府宇治市大久保町井の尻六〇番地三

被告

宇治税務署長 則枝征克

右指定代理人

中村好春

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、平成元年一月一九日付けでした原告の昭和六〇年ないし同六二年分の各所得税更正処分のうち、別表甲1の〈4〉(事業所得金額)欄記載の金額を超える部分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が被告のした昭和六〇年ないし同六二年(以下「本件係争各年」という。)分の各所得税更正処分(以下「本件各処分」という。)に調査手続上の違法及び事業所得金額(総所得金額と同額である。以下同じ。)を過大に認定した違法があると主張して、右各処分のうち、原告の実額主張にかかる別表甲1の〈4〉欄記載の事業所得金額を超える部分の取消を求めた抗告訴訟である。

二  争いがない事実

1  原告は、事業所を、昭和五八年四月からは京都府久世郡久御山町大字市田小字新珠城一三三番地七に、同六二年一〇月からは同町大字佐古小字外屋敷七二番地一〇に置き(なお、現在は同町大字佐古小字外屋敷七一番地八に置いている。)、本件係争各年当時、谷川製作所の屋号で機械部品加工業を営んでいた、いわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙「課税の経緯」記載のとおりである。

三  本件係争各年分の事業所得金額に関する当事者の主張

1  被告の主張

別表乙1の〈8〉欄記載のとおり、次の金額となる。

(一) 昭和六〇年分 一〇六三万〇二四五円

(二) 昭和六一年分 一二三九万〇一八四円

(三) 昭和六二年分 一二七五万六六七七円

2  原告の主張

別表甲1の〈4〉欄記載のとおり、次の金額となる。

(一) 昭和六〇年分 二六四万〇七五六円

(二) 昭和六一年分 六五〇万三七七四円

(三) 昭和六二年分 六七五万五四二八円

四  争点

1  本件各処分の調査手続の適法性

2  本件各処分の推計(以下「本件推計」という。)の必要性

3  本件推計の合理性及び事業所得金額

4  原告の実額反証

第三争点に関する当事者の主張とこれに対する当裁判所の判断

一  本件各処分の調査手続の適法性(争点1)

1  被告の主張

所得税法(以下「法」という。)二三四条に定める質問検査権を行使するに際しては、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

また、右調査に際し、調査対象者以外の第三者の立会を認めるか否かは、調査の実施の細目にかかわるものであり、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解すべきであるから、本件各処分の調査手続(以下「本件調査」ともいう。)に際し、被告の税務職員(以下「被告職員」という。)が調査対象者である原告以外の第三者の立会を許否したとしても、それは、権限ある被告職員の合理的な裁量の範囲内の行為であるというべきである。

さらに、法二三四条一項三号に規定するいわゆる反面調査も、質問検査権の行使であるから、反面調査の順序、方法や反面調査を行なうに際し、その理由を納税者に告知するか否か、納税者の意向を聴取するか否か等についても、前記のとおり、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられているのであり、反面調査は、納税者に対する直接調査を実施した後で、その目的を達することができなかった場合においてのみ、その限度で補充的に許されるというようなものではない。本件では、後記二1のとおり、被告職員が、原告に対し、本件調査への協力を依頼したにもかかわらず、原告は調査に関係のない第三者の立会にこだわり、右調査に対して非協力的な態度に終始したため、被告職員は止むを得ず、反面調査を行ったものであるから、これに何ら違法な点はない。

したがって、本件で、被告職員が原告に対し、調査理由を開示せず、第三者の立会を認めず、また、原告の承諾なく取引先の反面調査を行ったとしても、そのことのみから、被告職員が右裁量の範囲を超えて違法な税務調査をしたものということはできない。

2  原告の主張

法二三四条に定める質問検査権の行使として行われる税務調査は、任意調査であるから、税務職員としては、納税者の真意に基づく承諾が得られるように調査の必要性を十分告知して納税者を納得させる必要がある。また、税務調査がなされた場合、納税者の営業や信用、平穏な生活等の権利が侵害されるおそれがあり、右調査は、権力的作用を強く具備する手続であるから、質問検査権行使の過程においては、税務職員は、納税者に対し十分な告知、弁解(反論)の機会を与えなければならない。したがって、質問検査権行使の適法要件として、〈1〉調査に際して事前通知があること、〈2〉調査理由の存在とその開示-〈3〉第三者の立会権の保障が要求されるというべきである。

また、反面調査の実施に際しては、納税者の調査の過程において、その調査だけではどうしても課税標準及び税額等の内容が把握できないことが明らかになった場合に限って、かつ、その限度において妥当な手段を用いて初めて許容されるものであり、反面調査を受けなければならない理由が、納税者本人に告知され、これに対して弁明の機会が与えられなければならない。

しかし、本件調査は、事前通知、調査理由の開示を欠き、第三者の立会を正当な理由なく拒否し、原告の承諾なく取引先に対する反面調査を行ったものであり、違法調査であって、右違法な本件調査を前提とする本件各処分は、いずれも取り消されるべきである。

3  当裁判所の判断

(一) 法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものである。そうであるから、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するのが相当である。

そうすると、原告主張の事実関係を前提にしても、被告職員による質問検査権行使の過程に本件各処分の取消事由となるような刑罰法規違反や公序良俗違反等の重大な違法があるとは認められないから、原告の主張は、主張自体失当というべきである。

(二) また、反面調査を含む質問検査権行使の範囲、程度、時期、場所、調査に第三者を立ち会わせるか否か等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられている(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭六一・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。そして、本件調査の経緯に関して、後記二3説示のとおり、被告主張の後記二1の事実が認められるから、本件調査に、原告の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度を超え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によっても認めるに足りない。

(三) よって、本件調査が違法であり、それが本件各処分の取消事由になるとの原告の主張は、失当である。

二  本件推計の必要性(争点2)

1  被告の主張

被告職員である小谷嘉寿志(以下「職員小谷」という。)、角事務官(以下「職員角」という。)は、次の(一)ないし(九)のとおり、昭和六二年八月六日以降、原告の宇治市大久保平盛二二番地一五の自宅(以下「原告宅」という。)及び前記第二の二1記載の原告の事業所(以下「原告事業所」という。)に合計六回にわたり臨場し、本件調査を尽くした。それにもかかわらず、原告は、本件調査への第三者の立会に固執し、右調査に協力しようとはせず、帳簿書類も一切提示しなかったので、被告は、原告の本件係争各年分の事業所得金額を実額で計算することができず、止むを得ず、原告の取引先に対する反面調査で把握した売上金額をもとに原告の事業所得金額を推計し、本件係争各年分の本件各処分を行ったものである。したがって、本件各処分には、推計の必要性が存在する。

(一) 職員小谷は、職員角を同行のうえ、昭和六二年八月六日、原告の所得税調査のため、原告事業所へ臨場し、原告に対し、昭和五九年ないし昭和六一年分の所得税調査のため訪れたことを伝え、帳簿書類の提示を求めた。これに対し、原告は、帳簿書類の提示を許否し、この日の調査には応じなかった。そこで、職員小谷は、原告の要望に応じ同月一八日に原告宅に臨場する旨を約束した。

(二) その後、原告から、調査日を同年九月三日にしてほしい旨の連絡があったため、同日、職員小谷は、職員角を同行のうえ、原告宅を訪れたところ、約一八名程度の調査に関係のない第三者が原告宅にいた。職員小谷は、原告に対し、所得税調査に関係のない第三者の立会は公務員の守秘義務に反するとともに税理士法違反のおそれがあるから、第三者に退出してもらいたい旨を要請したが、原告は、職員小谷の要請に応じなかった。そこで、職員小谷は、右のような状況では、原告の所得税調査を行うことはできないと判断し、原告宅を辞去した。

(三) 翌同月四日、職員小谷は、職員角を同行のうえ、原告事業所を訪れ、第三者の立会なく、原告だけで調査に応じて帳簿書類を提示し、本件調査に協力するように要請したが、原告は、これに応じなかった。そこで、職員小谷は、取引先の反面調査を開始した。

(四) 昭和六三年二月一六日、職員小谷は右反面調査の結果を原告に電話で連絡し、同月二四日に原告事業所を訪れることを約束した。

(五) 同月二四日の午前中、職員小谷は、職員角を同行のうえ、原告事業所を訪れ、原告の所得税調査を行おうとしたところ、第三者が次々と入室した。職員小谷は、原告に対し、第三者を退出させるように要請したが、原告は、調査理由の開示及び原告の調査結果についての説明を求めるのみで、職員小谷の第三者の退出要請に応じなかった。職員小谷は、原告の所得税調査を行うことはできないと判断し、原告事業所を辞去した。

(六) 同日の午後、職員小谷は、職員角を同行のうえ、再度、原告事業所を訪れたが、原告は不在であった。

(七) 同年五月一〇日、職員小谷の上司である被告職員の高瀬正久統括国税調査官(以下「高瀬統括官」という。)は、原告の昭和六二年分の所得税調査を追加して行うことを原告に電話で連絡した。

(八) 原告から同年六月二日、原告宅に来てほしい旨の連絡があり、同日、職員小谷は、職員角を同行のうえ、原告宅を訪れた。このときも、第三者が同席していたため、職員小谷は、原告に第三者を退出させるように要請したところ、原告はこれに応じ、第三者を退出させたので、原告に対し、本件調査の結果を伝えた。これに対し、原告は、そのように高額な税金は払えないなどと答え、職員小谷の帳簿書類の提示要求に対しては、これに応じなかった。職員小谷は、原告には帳簿書類の提示を行う意思もなく、修正申告を行う意思もないと判断し、原告宅を辞去した。

(九) その後、高瀬統括官は、原告に電話し、本件調査への協力及び帳簿書類の提示を求めたが、原告からは、結局、回答がなかった。そこで、被告は、止むを得ず、本件係争各年分の原告の事業所得金額を推計の方法により算出したのである。

2  原告の主張

(一) 本来、所得税の課税は、実額課税が原則であって、推計課税は実額課税ができない場合、止むを得ず用いられる例外的、制限的な補充的課税方法であるから、推計課税を行うには、推計の必要性があることがその適法要件となる。そして、推計の必要性が認められるためには、〈1〉納税者が帳簿書類等の直接資料を備え付けていないこと、〈2〉帳簿書類等の内容が不正確で信用できないこと、〈3〉納税者が税務調査に対して資料の提供を拒む等調査に非協力であること等の具体的事情がなければならない。さらに、右〈1〉ないし〈3〉の事情が認められる場合でも、課税庁の反面調査によって一部であれ、実額で納税者の所得金額を把握し得る場合や納税者が不完全ながらも直接資料を有しており、税務調査に協力しようとする態度を示している場合には、安易に推計課税によることは許されず、推計の必要性を欠くものというべきである。

(二) 被告主張の右1の本件調査の経緯は、臨場した被告職員、臨場の日時、回数、場所等の外形的な事実は認め、その余は否認もしくは争う。

被告職員(職員小谷、職員角)は、前記一2のとおり、違法、不当な税務調査を行ったものであり、本件調査は、十分に尽くされたものとはいえないから、これを許否したからといって調査非協力であると評価することはできない。

また、原告は、昭和六三年二月二四日の本件調査に際しては、原告事業所の事務室に帳簿書類を準備し、それをいつでも閲覧できる状態に置いていたし、同年六月二日の調査に際しては、第三者が立ち会うことなく、原告一人が応対し、帳簿書類を提示していたにもかかわらず、被告職員は、右いずれの場合にも、帳簿書類を調べようとしなかったのである。したがって、本件では、推計課税が許容される前記(一)の具体的事情が一切存在しておらず、被告が本件調査に基づいてした本件各処分は、推計の必要性が全くないのになされた違法なものである。

3  当裁判所の判断

推計課税(法一五六条)は、課税標準を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、法が、実額課税の補充的代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準を算出することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相当である。そうすると、実額課税によることができないという推計の必要性は、課税庁が実額課税に代えて推計課税の方法を選択する場合の手続的要件になるものと解すべきである。

そこで、これを本件についてみるに、証人小谷嘉寿志の証言、争いがない事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告主張の前記二1の各事実が認められ、これに反する原告主張に沿う証拠(甲一ないし三、一五四、原告本人・第二二回口頭弁論調査(以下単に回数のみを示す。)一四丁表から三六丁表)をたやすく信用することはできず、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠がない。

したがって、被告が、原告の本件係争各年分の事業所得金額を算出するについては、推計課税の必要性があったものと認められる。

三  本件推計の合理性及び事業所得金額(争点3)

1  本件推計の合理性

(一) 被告の主張

被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計するに当たり用いた、同業者の抽出経緯及びその推計方法は、次のとおりであって、その方法には合理性がある。

(1) 同業者の抽出基準

イ 大阪国税局長は、原告事業所の所在地を所轄する被告、京都市南部の下京税務署長及び伏見税務署長に対し、青色申告書により所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件係争各年分を通じて、次の〈1〉ないし〈8〉のすべての条件(以下「本件抽出基準」ともいう。)に該当する者を抽出するよう通達指示した。

〈1〉 機械部品加工業(金属材料等を金属工作機械、その他の動力付き金属加工機械により加工を加えて機械部品等の製品、半製品を製造し加工賃を受け取るもの)を営んでいること。

〈2〉 フライス盤を有していること。

〈3〉 〈1〉の業種以外の業種目を兼業していないこと。

〈4〉 妻のみが事業専従者であること。

〈5〉 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

〈6〉 事業所が宇治税務署、下京税務署及び伏見税務署のいずれかの管内にあること。

〈7〉 売上金額が二二〇〇万円以上、一億〇五〇〇万円未満であること。

これは、原告と同業者の事業規模の類似性を担保するため、本件係争各年分の売上金額のうち、最も大きい売上金額の概ね二倍、最も小さい売上金額の概ね半分という倍半基準により設定したものである。

〈8〉 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

ロ 右イの〈1〉ないし〈8〉の基準のうち、〈1〉ないし〈3〉、〈5〉は、業種、業態の類似性を、〈4〉は、営業条件の類似性を、〈6〉は、立地条件の類似性を、〈7〉は、事業規模の類似性を確保するためのものであり、〈8〉は、対象年分について所得金額が確定した業者を抽出するためのものである。

なお、右〈6〉の基準について補足すると、同業者を抽出すべき対象税務署を宇治、下京及び伏見の三税務署とした理由は、原告事業所を管轄する原処分庁である宇治税務署は、京都府の南部に位置するが、京都府下で原処分庁の管轄地域に隣接するのは京都市であるから、京都市内の南部地域を管轄する下京及び伏見の各税務署を抽出対象税務署にしたというものである。

(2) 同業者の抽出内容

右通達により機械的に抽出された同業者は、七名であって、その売上金額、売上原価、一般経費、算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費の各金額を差し引いた金額)、算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)は、別表乙3の1ないし3記載のとおりである。

なお、右の一般経費とは、必要経費の合計額から売上原価及び特別経費を控除した金額である。そして、特別経費とは、利子割引料、地代家賃、貸倒金、建物減価償却費、税理士報酬及び減価償却資産の除却損等である。右のように、被告が原告の事業所得金額を推計するに際し、必要経費(売上原価を除く。)を一般経費と特別経費に区分したのは、一般経費は売上との相関関係があり、その経費の多寡が売上金額におおむね比例すると考えられる一般的、共通的な経費であることから、これを同業者の所得率に基づく推計の対象とするのが合理的であるのに対し、特別経費は必ずしも売上との相関関係がなく、事業主の個別的事情に左右され、しかも所得額の算出に大きく影響を及ぼす経費であるから、かかる特別経費を推計の対象とするのは相当ではなく、実額で把握できるものは、できるだけ実額で控除することが、真実の所得により近似する値となり、高度の合理性が認められるからである。

原告主張の経費のうち、建物減価償却費及び支払利息、割引料のみが特別経費にあたり、これ以外の原告主張の経費(例えば、工場以外の減価償却費など)は売上原価ないし一般経費に該当し、同業者の算出所得率の算出に当たって考慮されているものである。

(3) 同業者率による推計

被告は、抽出された同業者七名の算出所得率の平均値(以下「平均算出所得率」ともいう。)を用いて原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計したものである。

(二) 原告の主張

被告主張の本件推計の合理性は争う。

(1) 同業者の抽出基準の不合理性

本件抽出基準は、以下の点で問題がある。機械部品加工業を営む者といっても、原告が事業で使用しているものと同じ種類の工作機械を使用し、同種類の加工部品を製作している者でなければ同業者とはいえない。また、フライス盤の使用台数や使用割合によっても作業能率が全く異なるから、フライス盤を有している者というだけの抽出基準では不十分である。さらに、事業専従者である妻が製造過程に従事しているか、また、なぜ抽出地域を下京、伏見及び宇治の各税務署に限定したのか等の点でも本件抽出基準は、不十分である。したがって、右抽出基準は、原告と同業者との業種、業態、事業場所及び事業規模等の点において類似性を確保し得る基準とは到底いえない。

(2) 同業者の抽出内容の不合理性

イ 本件では、わずか七名の同業者が抽出されているにすぎず、これだけの数値から同業者率を算出するのは、選定件数が少なすぎて不合理である。

ロ 本件において被告が算出した平均算出所得率は、別表乙3の1ないし3のとおり、昭和六〇年、同六一年、同六二年につき、それぞれ三〇・三九%、二九・九〇%、三〇・五四%である。しかし、抽出された同業者の算出所得率をみると、別表乙3の1ないし3によれば、本件係争各年を通じて、Aは二五%、Fは二六%以上の算出所得率になったことがなく、他方、Gは三六%、Bは三二%以下の算出所得率になったことはない。このように、FとGとでは、一〇%以上もの算出所得率の開差があり、しかも、その傾向は本件係争各年を通じて固定しているのである。

したがって、右のような不合理な内容の平均算出所得率を原告に適用することに合理性はない。

(三) 当裁判所の判断

(1) 被告主張の本件推計の合理性

証拠(乙一ないし六、証人西口伸彦)及び弁論の全趣旨によれば、前記(一)(1)(同業者の抽出基準)、同(2)(同業者の抽出内容)、同(3)(同業者率による推計)の各事実が認められる。

右認定の事実によれば、本件抽出基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で原告と同業者との類似性を確保し得る要件として合理的なものである。そして、その抽出作業は、機械的であり、右作業に大阪国税局長や被告、下京、伏見の各税務署長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は、青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。抽出された同業者数も七名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものである。このように認められる。

したがって、右により算出された平均算出所得率を基礎にする被告主張の推計方法には、特段の事情がない限り、合理性があるといえる。

(2) 原告の主張(特段の事情)の検討

原告は、抽出された同業者がわずか七名にすぎず、選定件数が少なすぎて不合理であると主張するが、右(1)の説示に照らし、かかる主張は採用できない。

また、原告は、本件抽出基準は、原告と同業者との業態等の細部の相違にまで考慮を払っておらず、不合理であるとか、抽出された同業者のうち、別表乙3の1ないし3記載のFとGとでは、一〇%以上もの算出所得率の開差があり、これを原告に適用することは不合理であるなどと主張している。そして、これに一部沿う原告本人尋問の結果を援用している。

しかし、前記二3説示のとおり、推計課税は、税負担公平の観点から、実額課税の補充的代替的手段として、法が合理的な推計方法で課税標準を算出することを課税庁に許容したものである。そうすると、同業者率による推計の場合、課税庁として正確に把握でき、かつ、所得率等に影響を及ぼし得ることが経験則上認められる要素を基準として同業者を抽出すれば、その推計方法には、実額課税の補充的代替的手段たりうる一応の合理性が認められるというべきであって、他に所得率等に影響を及ぼす要素があったとしても、原告において、それが所得率等に影響を及ぼすことが決定的であることを立証しない限り、そのことから直ちに右推計方法が不合理となるものではないというべきである。

また、同業者率による推計の場合、同業者間の所得率等の開差自体は避けられないが、その開差の原因と考えられる同業者間の業態等の個別性は平均化の過程で吸収捨象されるものと考えられるから、原告において、右所得率等の開差の程度があまりにも大きく、当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著であることを立証しない限り、その開差をもって直ちに右推計方法が不合理となるものではないというべきである。

したがって、被告において、原告と同業者との類似性につき一応の合理性を立証すれば、その合理性を覆す原告において、原告と同業者との業態等の差異が経験則上、所得率等に影響を及ぼすことが決定的であり、これを抽出基準に加えなければ不合理であるとか、あるいは、同業者間の所得率の開差が当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著であることを立証する必要があると解するのが相当である。

してみると、原告の前記主張に一部沿う原告本人尋問の結果によっても、原告と同業者との業態等の差異が、経験則上決定的に算出所得率に影響を及ぼすとか、あるいは、同業者間の算出所得率の開差がその平均化の過程で捨象されないほど顕著であるといった事情は認めがたいから、原告の右主張は、理由がなく、採用できない。

よって、被告が同業者の平均算出所得率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計したことには合理性が認められる。

2  事業所得金額

(一) 被告の主張

(1) 本件係争各年分の事業所得金額

原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、別表乙1の〈8〉欄記載のとおり、次の金額となる。したがって、本件各処分は、いずれもその各金額の範囲内にあるから適法である。

〈1〉 昭和六〇年分 一〇六三万〇二四五円

〈2〉 昭和六一年分 一二三九万〇一八四円

〈3〉 昭和六二年分 一二七五万六六七七円

その算出方法は、次の(2)ないし(5)のとおりである。

(2) 売上金額

被告が現時点において把握し得た原告の本件係争各年分の売上金額は、別表乙1の〈1〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が四五三七万三四七二円、同六一年分が五一一六万八六七二円、同六二年分が五二一一万一一〇七円であり、その明細は、別表乙2記載のとおりである。

(3) 算出所得金額

原告の本件係争各年分における算出所得金額は、別表乙1の〈3〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が一三七八万八九九八円、同六一年分が一五二九万九四三二円、同六二年分が一五九一万四七三二円である。これらの金額は、いずれも前記(2)の各売上金額に、別表乙3の1ないし3記載の算出所得率の平均値(平均算出所得率)をそれぞれ乗じて算出した。

(4) 特別経費

イ 建物減価償却費

(a) 原告の本件係争各年分における建物減価償却費は、いずれも工場に関するもので、別表乙1〈4〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が五三万〇一〇〇円、同六一年分が五三万〇一〇〇円、同六二年分が五〇万八三五〇円である。その計算の詳細は、別紙乙4記載のとおりである。

(b) 原告主張の減価償却費のうち、右建物減価償却費以外の減価償却費(昭和六〇年分は、別表甲6の〈2〉から〈9〉の金額、同六一年分は、別表甲7の〈2〉から〈9〉の金額、同六二年分は、別表甲8の〈3〉から〈12〉の金額)が特別経費にあたるとの後記(二)(4)の原告の主張は争う。

ロ 利子割引料

(a) 原告が本件係争各年分に支払った借入金の利子及び割引料の合計金額は、別表乙1〈5〉欄記載のとおり、昭和六〇年分が二一七万七六五三円、同六一年分が一九二万九一四八円、同六二年分が二〇四万九七〇五円である。その明細は、別紙乙5記載のとおりである。

(b) 原告主張の利子割引料のうち、右(a)の各金額以外の支払利息(別表甲12の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉から〈18〉欄記載の各金額)が特別経費にあたるとの後記(二)(4)の原告の主張は争う。右のうち、別表甲12の※印欄記載の支払利息については、これらが支出された事実自体も争う。

(5) 事業専従者控除額

本件係争各年分の事業専従者控除額は、別表乙1の〈7〉欄記載のとおり、昭和六〇年、同六一年分が四五万円、同六二年分が六〇万円であるが、この金額は、原告の本件係争各年分の所得税の確定申告書にそれぞれ記載されていた金額である。

(二) 原告の主張

(1) 前記(一)(1)(本件係争各年分の事業所得金額)は争う。

原告主張の金額は、後記四い(二)(3)、別表甲1の〈4〉欄記載のとおり、次の金額となる。

〈1〉 昭和六〇年分 二六四万〇七五六円

〈2〉 昭和六一年分 六五〇万三七七四円

〈3〉 昭和六二年分 六七五万五四二八円

(2) 前記(一)(2)(売上金額)のうち、原告主張額と一部一致する別表乙6記載の金額の限度ではこれを認め、その余は否認する。原告の本件係争各年分の総売上金額は、後記四1(二)(1)のとおりである。

(3) 前記(一)(3)(算出所得金額)は争う。

(4) 前記(一)(4)(特別経費)(但し、ロの(b)は除く。)は認める。

なお、原告は、右金額に加え、工場以外の減価償却費として、昭和六〇年分は、別表甲6の〈2〉から〈9〉の金額を、同六一年分は、別表甲7の〈2〉から〈9〉の金額は、同六二年分は、別表甲8の〈3〉から〈12〉の金額を、また、本件係争各年分の支払利息として、別表甲12の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉から〈18〉欄記載の各金額をそれぞれ特別経費として主張する。

(5) 原告の本件係争各年分の事業専従者控除額は、別表甲1〈3〉欄のとおりであり、前記2(一)(5)(事業専従者控除額)は認める。

(三) 当裁判所の判断

(1) 被告が把握し得た限りの売上金額

証拠(乙七ないし一七(枝番を含む。)、証人西口伸彦)、後記四3(二)(2)認定の事実、争いがない事実(別表乙6記載の金額)、弁論の全趣旨によれば、被告が反面調査等において把握し得た本件係争各年分の原告の売上金額が、別表乙1の〈1〉欄記載の金額であり、その明細が別表乙2記載のとおりであると認められる。

なお、原告主張の売上金額が本件係争各年分の総売上金額か否かについては、後記四3の実額反証に対する当裁判所の判断の箇所で検討を加える。

(2) 算出所得金額

右(1)の売上金額に別表乙3の1ないし3記載の算出所得率の平均値(平均算出所得率)をそれぞれ乗じて算出される原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表乙1の〈3〉欄記載のとおり、被告主張額と同額と認められる。

(3) 特別経費

イ 本件係争各年分の特別経費(減価償却費、利子割引料)として、被告主張の別表乙1の〈4〉、〈5〉欄記載の金額(その明細は、別表乙4、5)の限度では、当事者間に争いがない。

これに対し、原告は、右金額に加え、工場以外の減価償却費として、昭和六〇年分は、別表甲6の〈2〉から〈9〉の金額を、同六一年分は、別表甲7の〈2〉から〈9〉の金額を、同六二年分は、別表甲8の〈3〉から〈12〉の金額を、また、本件係争各年分の支払利息として、別表甲12の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉から〈18〉欄記載の各金額をそれぞれ特別経費として追加主張している。

ところで、後記四3(三)のとおり、経費のみの実額主張は、被告主張の推計に対する有効な反証(再抗弁)にはならないものと解すべきであるが、本件のように、被告主張の推計方法が、算出所得金額(売上金額から売上原価及び特別経費を除く一般経費を差し引いた金額)を算出した後、実額の特別経費を控除して算出する方式である場合、原告の実額による特別経費の主張も、被告主張の推計課税の基礎事実に対する積極否認ないし間接反証事項の主張として失当とはいえない。そこで、右の点につき判断を加える。

ロ 減価償却費

前記1(三)(1)認定の同(一)(2)(同業者の抽出内容)の事実によれば、本件推計における特別経費の範囲は前示のようなものに限られるのであり、原告の営む機械部品加工業の場合、原告の主張する減価償却費のうち、建物減価償却費以外の償却費は、いずれも売上と密接な関係を持つ経費(売上原価又は一般経費)として、これに当たらないものとされていることが明らかである。

そして、原告主張の本件係争各年分の工場以外の減価償却費が、右にいう建物減価償却費(特別経費)に該当することを認めるに足りる証拠はないから、右実額主張は、推計に対する有効な反証にはならず、失当である。

ハ 支払利息

原告主張の本件係争各年分の支払利息として、別表甲12の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉欄記載の各金額のうち、※印欄以外の部分の支出がなされた事実は、当事者間に争いがない。

そして、右※印欄についてみるに、融資元帳及び普通預金元帳(甲一〇)によれば、別表丙2の※印欄記載の各金額が、少なくとも支出された事実が認められる。

ところで、事業所得金額の計算上、必要経費とされるのは、当該費用が業務について生じた場合に限られるから(法三七条一項)、支払利息については、その元本である借入金が事業活動上生じた支出に充てられた場合に限られるというべきである。そこで、原告主張の支払利息のうち、別表丙2の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉から〈18〉欄記載の各金額が事業に関連して支出されたものか否かを判断する。

右各金額のうち、〈18〉欄記載以外の各金額は、京都中央信用金庫の融資元帳(甲一〇)の「テガシ」「ショウガシ」の項目の貸付利息又は割引料欄記載の金額として、それぞれ原告の口座から支払がなされている事実が認められる。この事実に照らすと、これらの利息、割引料の元本である借入金は、原告が、右金庫から、手形貸付ないし証書貸付を受けたものと認められ、事業活動上の支出に充てられているものと推認するのが相当である。

これに対し、右金額のうち〈18〉欄記載の金額は、同金庫の原告の普通預金の貸越利息の元本(貸越金)が明らかではなく、これが事業活動上の支出に充てられたと認めるに足りる的確な証拠もない。

してみると、原告が本件係争各年分の支払利息として主張する別表甲12の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉から〈17〉欄記載の各金額のうち、別表丙2の〈5〉、〈8〉から〈13〉、〈15〉から〈17〉欄記載の各金額は、事業に関連して支出されたものと認められるが、その余の金額は、事業に関連して支出されたものと認められない。

したがって、特別経費(争いのない金額を含む。)として認められる支払利息の合計金額は、別表丙2の〈1〉から〈17〉欄記載のとおり、昭和六〇年分は、二〇五万三二九五円、同六一年分は、二八五万三二七八円、同六二年分は、二八四万九三五七円であると認められる。したがって、右の点に関する原告の主張は、右の限度で理由がある。

ニ 以上の認定説示によれば、原告の本件係争各年分の特別経費の金額は、別表丙1の〈6〉欄記載のとおりとなる。

(4) 事業専従者控除額

事業専従者控除額が、別表甲1〈3〉欄、同表乙1の〈7〉欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(5) 事業所得金額

原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、前記(2)認定の算出所得額から、同(3)認定の特別経費の額及び右(4)説示の事業専従者控除額を差し引いた額であるから、別表丙1の〈8〉欄記載のとおり、次の金額となる。

〈1〉 昭和六〇年分 一〇三四万九三九〇円

〈2〉 昭和六一年分 一一〇四万三一二一円

〈3〉 昭和六二年分 一一四七万九四九六円

そうすると、別紙「課税の経緯」記載の本件各処分の事業所得金額は、いずれも、右推計による事業所得金額の範囲内にあるから、推計の方法による本件各処分は、推計課税の適法要件を充たしている。

四  原告の実額反証(争点4)

1  原告の主張

(一) 実額反証の立証責任の負担、立証の程度

(1) 申告納税制度の下では、課税庁の行う更正処分はあくまでも例外的なものであるから、更正処分取消訴訟においては、所得の計算の根拠となる売上金額と必要経費の額の双方について課税庁である被告にその立証責任があるというべきであって、実額反証における立証責任を全面的に原告に転換しようとする後記被告の主張は、申告納税制度を前提とする更正処分取消訴訟の訴訟構造の理解を誤ったものであって、失当である。

(2) 小規模零細業者の大半は、簿記の知識を有する会計担当者を雇用する経済的余裕もなく、簿記の知識のない営業担当職員等が会計事務も兼務しているのが実情である。そうすると、完全な帳簿の整備と原始記録の保管を要求することは、小規模零細業者に不可能を強いるものであるから、原告の実額反証においては、被告が主張するように、すべての取引先からの総売上金額(総収入金額である。以下同じ。)と、その総売上金額に対応したすべての必要経費の額を明らかにし、その主張する実額が真実の所得と合致することまでを立証する必要はないというべきである。

(二) 本件における原告の実額反証

(1) 総売上金額

原告の本件係争各年分の実額による総売上金額は、別表甲1の〈1〉欄記載のとおり、次の金額となる。

〈1〉 昭和六〇年分 四五一〇万三三〇七円

〈2〉 昭和六一年分 五一八六万九三三二円

〈3〉 昭和六二年分 五一一七万〇七六七円

その明細は別表甲2記載のとおりである。

(2) 必要経費の総額

原告の本件係争年分の実額による必要経費の総額は、別表甲1の〈2〉欄記載のとおり、次の金額となる。

〈1〉 昭和六〇年分 四二一〇万二五五一円

〈2〉 昭和六一年分 四四九一万五五五八円

〈3〉 昭和六二年分 四三八一万五三三九円

その明細は別表甲3ないし12記載のとおりである。

(3) 本件係争各年分の実額による事業所得金額

原告の本件係争年分の実額による事業所得金額は、別表甲1の〈4〉記載のとおり、次の金額となる。

〈1〉 昭和六〇年分 二六四万〇七五六円

〈2〉 昭和六一年分 六五〇万三七七四円

〈3〉 昭和六二年分 六七五万五四二八円

したがって、仮に、推計の方法による本件各処分が適法要件を充たしているとしても、本件では、実額による事業所得金額の算出が可能であり、かつ、別紙「課税の経緯」記載の本件各処分の認定した所得金額は、右実額による事業所得金額に比べて過大であるから、被告のなした推計課税は、右実額による事業所得金額を超える部分は違法であり、取消を免れないというべきである。

2  被告の主張

(一) 実額反証の立証責任の負担、立証の程度

(1) 申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従った正しい申告をする義務を負うとともに、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その所得金額を算出するに足りる直接資料を提示し、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うものといわなければならないから、実額反証については、納税者たる原告にその立証責任があるというべきである。

(2) また、納税者が推計課税において認定された所得金額を実額反証によって覆すためには、単に売上及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、売上と経費の双方の全額を実額で明らかにし、その主張の所得金額が真実の所得金額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証しなければならないというべきである。

(二) 本件における原告の実額反証

(1) 認否

イ 右1(二)(1)(総売上金額)のうち、被告主張額と一部一致する別表乙6記載の金額の限度ではこれを認め、その余は否認する。

ロ 同(2)(必要経費の総額)のうち、被告主張の特別経費額(別表乙1の〈4〉、〈5〉欄記載の金額)は認め、その余は否認する。

ハ 同(3)(本件係争各年分の実額による事業所得金額)は争う。

(2) 被告の反論

原告の実額反証は、次のとおり、極めて不十分なものであって、これにより原告の事業所得金額を実額で計算することは到底、不可能である。すなわち、原告が、実額主張する売上金額及び必要経費の額を証する書証として提出しているのは、売上金額については甲八の集金帳(以下「集金帳」という。)のみであり、必要経費については領収証、振込金受領書、契約書及びその他の書面(甲一〇ないし一五三、一五六(枝番を含む。))である。しかし、原告のような機械部品加工業においては、一般的な経理帳簿類として、売掛帳、買掛帳、現金出納帳、経費帳、総勘定元帳等を具備し、それらの基となる各種補助簿及び伝票類を整備することによって、適正に物品及び金銭の管理を行うことができるのであり、また、これにより初めて資料に基づく実額主張に足るところの収支計算等が可能となるのである。そうであるのに、売上に関する集金帳は、その記載内容の真実性、正当性を判断するに足りる伝票類については何ら明らかにされていないし、業務の通常の過程に即して請求書を発行した都度に整然と作成されたものとは認め難い。また、必要経費に関する前記領収証等の書面には、信憑性に乏しいものが数多く含まれており、原告自身も一部の領収証の作成経緯につき偽りの供述をしたことを認めており(甲一五七)、これらの書証の証明力は低い。このように、原告の実額反証は不十分なものであり、理由がないことが明らかである。

3  当裁判所の判断

(一) 実額反証の立証責任の負担、立証の程度

(1) 実額反証の立証責任の負担

前記二3説示のとおり、推計課税は、税負担公平の観点から、実額課税の補充的代替的手段として、法が合理的な推計方法で課税標準を算出することを課税庁に許容したものである。しかし、所得税の課税は、実額課税があくまでも原則であるから、課税庁のした推計課税の後に所得金額の実額計算が可能となれば、推計課税がいかに合理的なものであろうとも、事後的には違法にならざるを得ない。もっとも、本来、申告納税制度の下において、正しい申告をすべき義務のある原告が、右義務に違反して帳簿書類等の提示を許否したことにより、被告をして推計課税を余儀なくさせた以上、この推計課税を破る原告の実額反証は、再抗弁として、原告が立証責任を負担するものと解すべきである。

(2) 実額反証の立証の程度

法二七条二項は、事業所得金額はその年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とするとし、法三七条一項は、必要経費とは当該総収入金額を得るため直接要した費用の額及びその年における所得を生ずべき業務について生じた費用の額をいうとする。そうであるとすれば、原告主張の事業所得金額が実額で認定されるためには、その主張する収入(売上)金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉もれのない総収入(売上)金額であること、及びその主張する必要経費の額が実際に支出され、かつ、右収入金額と対応する(すなわち、当該事業と関連性を有する)ものであることを合理的な疑いを容れない程度にまで完全に立証されなければならないものと解するのが相当である。

(二) 本件係争各年分の総売上金額の検討

(1) 原告は、本件係争各年分の総売上金額を別表甲1の〈1〉欄、同表甲2の合計金額欄記載のとおりであると主張し、これに沿う集金帳を提出している。そこで、実額反証に関する前記(一)の説示に照らし、原告主張の右総売上金額が、右集金帳によって認定できるか否かにつき検討を加える。

(2) 証拠、争いがない事実、弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

イ 集金帳の日附けの記載には、前後している箇所が多々みられる(甲八、弁論の全趣旨)。

ロ 原告は、本件訴訟において、集金帳の記載内容の真実性を裏付ける伝票類を何ら提出しない(弁論の全趣旨)。

ハ 原告は、昭和六〇年三月頃まで自分で売上及び経費の帳簿処理をしていたが、原告自身、工場の仕事と営業、銀行関係を一人でしなければならなかったことから、経費等の伝票の管理が不十分になりがちであった(原告本人・第二二回七丁裏から九丁表)。

ニ 原告は、昭和六〇年四月以降、事務担当の者を雇い、経理を担当させたが、その者は、簿記に関する知識等はなく、経理の能力はあまりなかった(原告本人・第二二回九丁裏)。現に、原告は、経費の一部を推計による金額で主張している(弁論の全趣旨〔別表甲4〕)。

ホ 後記の株式会社エール機械、有限会社三東精機(機械)、株式会社精研、株式会社タケウチ製作所、大京鉄工所(岩村茂章)、株式会社椿本スプロケット、平林産業株式会社、株式会社山岡製作所、日本リース株式会社は、いずれも、本件係争各年度における原告の取引先である(争いがない)。

ヘ 原告の株式会社エール機械に対する昭和六二年分の売上金額は、乙七の昭和六二年一月ないし同年一二月末日までの仕入金額欄を合計し、これから値引額八七五〇円(乙七の一頁の下から三行目の金額)を控除した金額一九四一万四〇〇四円となる(乙七)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六二年分の売上金額を一九一八万五六〇四円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.2〕)。

ト 原告が事業に使用する普通預金口座に、昭和六〇年一一月一五日付けで八四万一四〇〇円が入金されており、右入金額のうち一一万六六〇〇円は、有限会社三東精機からの入金であるから、原告の同社に対する昭和六〇年分の売上金額は、一一万六六〇〇円である(甲一〇、乙一〇)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六〇年分の売上金額を八万六六〇〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.13〕)。

チ 原告の株式会社精研に対する昭和六一年分の売上金額は、七〇三万八五八五円、昭和六二年分は、九三四万五一七〇円である(乙一一の1、2)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六一年、昭和六二年分の売上金額をそれぞれ六九九万九四六五円、八六四万一二九〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.17〕)。

リ 原告の株式会社タケウチ製作所に対する昭和六〇年分の売上金額は、乙一二の昭和六〇年分の取引金額を合計した一〇八万四〇〇〇円となる(乙一二)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六〇年分の売上金額を一〇八万三二〇〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.20〕)。

ヌ 原告の大京鉄工所(岩村茂章)に対する昭和六一年分の売上金額は、一九九万四二五〇円である(乙九)。しかるに、原告は、右鉄工所に対する昭和六一年分の売上金額を一八二万五二五〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.21〕)。

ル 原告の株式会社椿本スプロケットに対する昭和六〇年分の売上金額は、乙一三の昭和六〇年分取引金額を合計した一五万一五〇〇円となる。しかるに、原告は、同社に対する昭和六〇年分の売上金額を一二万六〇〇〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.22〕)。

ヲ 原告の平林産業株式会社に対する昭和六一年分の売上金額は、三六万一四五〇円である(乙一四)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六一年分の売上金額を三五万三九五〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.30〕)。

ワ 原告の株式会社山岡製作所に対する昭和六二年分の売上金額は、七五九万〇四五四円である(乙一五)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六二年分の売上金額を七五五万八四五四円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.33〕)。

カ 原告と日本リース株式会社との間における自動車リース契約書の一五条の〈3〉には、リース期間満了時における清算金の定めがある。右清算金二〇万円は、昭和六二年一一月三〇日、京都中央信用金庫久御山支店の原告名義の普通預金口座に入金されている。したがって、右二〇万円の入金は、原告の雑収入として、事業所得の収入(売上)金額に算入される(甲一〇、乙一六、一七、弁論の全趣旨)。しかるに、原告は、同社に対する昭和六二年分の売上金額を〇円であると主張している(弁論の全趣旨〔別表甲2のNo.40〕)。

(3) 右(2)の各事実によれば、次のように認められる。

イ 集金帳の記載内容の真実性を裏付ける原始資料は何ら明らかにされておらず、集金帳が業務の通常の過程に即して整然と作成されたものとは認められない。

ロ 原告は、事務担当者を雇うまでは、工場の仕事と営業、銀行関係を一人でしなければならない一方、帳簿への記載、伝票の管理等もしていたこと、また、原告の雇った事務担当者には、経理の能力があまりなかったことから、原告が請求書を発行した都度に集金帳に売上を記載していたものとは認め難い。

ハ 原告主張の売上金額のかなりの部分に脱漏がある。

(4) 右説示に照らせば、原告提出にかかる集金帳によって、原告主張の売上金額がすべての取引先からのすべての取引についての脱漏のない総売上金額であると認めることはできない。そして、他に、原告主張の総売上金額を実額で認めるに足りる的確な証拠がない。

したがって、原告主張の売上金額は、実額による総売上金額であるとは認められない。

(三) 本件係争各年分の必要経費の検討

右のとおり、原告が実額によって総売上金額を明らかにすることができない以上、原告主張の実額による経費については、被告主張の推計の基礎事実に対する反証として意味を持つ特別経費の点を除き、その余の判断を加えるまでもなく、その主張は失当である。けだし、実額によく事業所得金額が右総収入(売上)金額から必要経費を控除して算出するものである以上(法二七条二項)、原告においてその事業所得金額について実額反証をしようというのであれば、総収入金額及び必要経費のいずれについてもその実額を立証することを要するというべきであって、必要経費のみの実額主張は、被告の推計に対する有効な反証にはならないと解すべきであるからである。

したがって、原告の実額反証は、失当というべきである。

第四結論

以上のとおり、被告の本件推計には必要性、合理性が認められ、かつ、原告の実額反証には理由がないから、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、前記第三の三2(三)(5)説示のとおり、別表丙1の〈8〉欄記載の金額となる。したがって、別紙「課税の経緯」記載の本件各処分の事業所得金額は、いずれも右金額の範囲内にあるから、本件各処分は、いずれも適法な処分であり、これに違法な点はない。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 中村隆次 裁判官河村浩は、転任のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 松尾政行)

別紙 課税の経緯

別表甲1 税額計算表

別表甲2 売上金額表

別表甲3 経費内訳書

別表甲4 賃借料内訳

別表甲5 当座預金引落分賃借料

別表甲6 減価償却費の計算

別表甲7 減価償却費の計算

別表甲8 減価償却費の計算

別表甲9 昭和60年分人件費

別表甲10 昭和61年分人件費

別表甲11 昭和62年分人件費

別表甲12 支払利子・割引料明細

1 支払利子

2 割引料

別表乙1 事業所得の金額の計算

別表甲2 売上金額表

別表乙3の1

○昭和60年分

別表乙3の2

○昭和61年分

別表乙3の3

○昭和62年分

別表乙4 減価償却費の計算

○昭和60年分及び同61年分

○昭和62年分

別表乙5 支払利子割引料の明細

1 支払利子

2 割引料

別表乙6 原告・被告の売上金額主張対比表

被告主張額と原告主張額が一致するもの(被告主張額=原告主張額)

別表丙1(裁判所の認定額)

事業所得の金額の計算

別表丙2 支払利子・割引料明細

1 支払利子

2 割引料

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例